Aug 21, 2009
エコハウスの定義
エコハウスはエコロジーハウスのことをいいます。エコハウスは、環境負荷を低減する住宅です。環境共生住宅、環境負荷低減住宅、エコロジー住宅とも呼ばれます。エコハウスは、地球環境の保全、周辺環境との親和性、居住環境の健康快適性を目指しています。環境共生住宅推進協議会も、エコハウスの重要性が解けたいます。家具と、最近では全国的なチェーン販売しているお店もあちこちにあって、手軽に購入できるようにします。しかし、大量生産、大量販売をしているので、かなり好きな家具に会う子価格は少ないとすることができます。その場合は注文の家具の場合大きさや形など、自分の好みで購入することができます。少し高いかもしれませんが、注文の家具を購入してみてはいかがでしょうか?
ソーシャルゲームとは何かといえば、現在のところ、「SNS(ソーシャルネットワーキングサイト)上で提供され、SNSの友人とプレイする簡単なオンラインゲーム」と定義される。2007年に米国SNSのFacebookで外部企業によるアプリ開発がオープンになって以来、ソーシャルゲームはSNSを母体にして急成長をとげてきた。
しかし、筆者にはかねてから抱いている疑問がある。果たして、ソーシャルゲームはSNSでなければならないのだろうか。
今や、SNSでゲームがプレイできるという当初の目新しさは薄らぎつつあり、新しいゲームが出る度にインバイト(招待)に応えてくれる友人も固定化してきた。気付けばいつも同じ面子でゲームをしている。そして、インバイトした友人のプロフィール写真がゲーム下欄に並ぶという仕様は、どのゲームでも代わり映えがしない。
このままを繰り返していては、同質のゲームがただ増えるばかりである。そろそろ、SNSありきで考えるのではなく、ソーシャルグラフを生かしたゲームというようにくくり直し、自由な発展をしてもよいころではないか。
日本の携帯SNSでは、モバゲーとGREEが、リアルの友人に限らず広くゲーム内で仲間を作ってプレイをする、独自のスタイルを展開し成功した。現実世界の友人関係を前提にしたPCのSNSに対抗した形になり、「ソーシャルゲームは誰とプレイすべきか」という議論がここから生まれた。
そして、スマートフォンへとデバイスが変わろうとするなかで、さらにソーシャルゲームの定義を変える発展が、どこかから生まれるかもしれない。現在の成功ゲームに着目するだけでは、ソーシャルゲームは画一化するばかりだ。むしろ、新しいタイプのソーシャルゲームでもって世界市場に問いかける姿勢が欲しい。
●人間関係の広がりをゲームに反映できているのか
筆者は、これまでのソーシャルゲームを集中型と位置付け、それに対して分散型のソーシャルゲームを提案したい。
現状では多くの場合、ソーシャルゲームをプレイするのに、いったんはプラットフォームであるSNSにアクセスしなければならない。つまり、ソーシャルグラフが形成されたSNSに、すべてのユーザーの動線が集まる仕組みである。SNSには、プロフィール・日記・アルバム・友人リストなどすべてが揃っているので、ユーザーのアクセスが集中する。それに加えて、ソーシャルゲームによってSNSへの集中性はより高まる。
それに対して分散型は、元のSNSサイトに囲われることなく、どのサイトでもどのデバイスでも、自由に友人と使えるように設計されることである。
近年、ユーザー同士のやり取りが分散的に処理される傾向がある。Twitterでは、いつでもどこでもどのデバイスでもつぶやくことができるし、外部サイトに表示することもできる。検索やまとめサイトを作るのも自由だ。人々のつぶやきが、ゆるやかなネットワークを持ちながらも、インターネット空間に分散的に存在している。
ソーシャルゲームもまた、いつでもどこでもどのデバイスでもできるべきであるし、友人とゆるくつながりながら楽しみたい。しかし、現状ではSNSに付帯する形で展開される集中型のソーシャルゲームが主流である。
そもそも、ソーシャルゲームの友人データは、ソーシャルグラフと呼ばれるSNSのフレンドリストを引き継いだものである。ソーシャルグラフの意義は、人間関係をデジタル信号という移動可能なデータに変えたことにある。つまり、SNSの外部に人間関係を技術的に移動させられることに、発展性がある(「人間関係をデジタル化する――ソーシャルグラフから始まるFacebookの戦略」)。例えば、Facebookのフレンドからインバイトするボタンが外部ゲームサイトに搭載されることがある。こうしてSNSの外にソーシャルグラフを広げることができる。
ユーザー目線から考えても、ソーシャルグラフの醍醐味は、友人関係が蜘蛛の巣のように広がっていく、ネットワークとしての広がりにある。「友人の友人」として誰がいるのか、それを見ているだけでもSNSは楽しい。友人つながりという安心感がありながらも新鮮さが感じられるからである。そこから気の合う新しい友人が発掘できるかもしれない。安心感だけでは飽きがくる、そこに拡張性があるからSNSの人間関係は楽しいのである。
しかしながら、こうした拡張性のある人間関係がソーシャルゲームに生かされていないのが現状である。SNS側は、ソーシャルグラフの外部化を進めるよりも、内部に抱える優位性を選択しているようにみえる。ゲーム側も、悪く言えば、SNSのフレンドリストを集客ツールとしてただ載せるだけになってはいないか。
ソーシャルゲームで何ができるのか、根本にかえって考えてみたい。ゲームによって友人の輪がさらに広がるような、そういう広がりのあるゲームはないだろうか。
●分散型ソーシャルゲームのビジョン
分散的なソーシャルゲームの可能性について、おぼろげながらも6年前から考えていた。2005年から2007年にかけて、筆者はMMOユーザー向けのSNSの顧問をしていた。そのサイト上で、簡単なフラッシュやブログパーツのようなものを制作して公開できる「コンテンツマーケット(仮)」を展開したいと提案した。
「フラッシュのパズルゲームのようなものに、来訪した友達の足跡やショートメッセージが反映されるような、ブログペットのような機能をつけたミニゲームを作りたい。ミニゲームは各ユーザーがSNSやブログに付けて、友達とゆるくつながりながら遊ぶ。ゆくゆくはこうしたものを、ユーザーがつくってアップできるマーケットを作りたい」
頭に浮かぶかすかな映像をたぐりよせて、それに言葉をのせると、こんな説明になった。ソーシャルゲームが花盛りとなった今から振り返ると、このビジョンはあまりに貧相だ。しかも当時はソーシャルゲームという考え方もなく、開発者と話をしてもこの発想を共有することが、どうしてもできなかった。筆者が具体化の方法も技術的な可能性についても無知だったために、細部を詰めることができなかったからである。自分自身でコードを書ければ、状況は変わったのだろうか。プログラミングの専門学校に通おうかと悩んだが、昼間には大学の仕事があって時間の余裕がなく、また初心者から始めてどうにかなるレベルではないと考え、断念した。結局、何の形にすることもできず、数年後にはSNS自体も閉じてしまった。
ゲーム市場がスマートフォンに移りつつある最近になって、このときのビジョンがふと思い出された。「ソーシャルゲームはまだ完成していない。Facebookがまだ実現していない世界がある」と思った。SNSという場に固定せずに友達同士をゆるくつなぐ、分散性がまだ実装されていないのだ。
●ゆるい協力パズルゲームの例
6年前に筆者が想定していたのは、フラッシュのパズルを友達に順に回しながら協力してプレイする、リレーのようなゲームである。例えば、ルービックキューブのようなパズルを、一面を解いてから次の人に渡す。古典の遊びで言えば、あやとりをイメージしてもよい。自分では解けなくてもほかの仲間が助けてくれる、パス・トレード機能もありだ。
そういうリレーを繰り返して、自分のところに戻ってきた時には、最初に予想していなかった形に発展している。自分が想像していたのとは違う展開というギャップが、友人とのプレイで現れるというのが、基本コンセプトである。これをSNSサイトだけでなくブログなど、リレーをつなげることができるならばどこでも分散的に配置したいと考えていた。その方が、多くの人の手にわたり、自分のところに戻ってきた時の意外性が増すからである。
もう少し分かりやすい例として、鉄道ゲームに例えて説明しよう。友人たちと共同で1つの鉄道模型ジオラマを作るゲームである。自分のページに表示されるのは、線路の一部であり、インバイトした友人にリレーでつなげていく。レベルやゲームマネーがあれば、駅舎を作ったりして装飾できる。列車は、定期的に自分のページに走ってやってくる。ちょうど列車が来た時に自分や友人のページにアクセスできればポイントがもらえる、という遊びがあってもよい。
このゲームのポイントは、部分と全体の見せ方である。各ユーザーのページには自分の敷地しか見えないが、本サイトに行くとジオラマ全体が見られる。部分と全体に表示上のギャップを付けるのである。日中は携帯やスマートフォンで自分のページを確認するだけで、全体像は想像の中である。帰宅後にPC本サイトにアクセスすると、壮大な全体像が見られる。「全体はいったいどうなっているのか」と想像する楽しさのためにも、1つのSNSに囲うのではなくプラットフォーム横断的にユーザーサイトを分散させたい。分散的であればあるほど、個々人の期待を良い意味で裏切る全体を演出できる。
部分と全体の表示というポイントは、ソーシャルグラフにも当てはまる。現行のソーシャルゲームは、自分の直接の友人しか表示されない。鉄道ジオラマゲームの場合、個人ページでは同様に自分と自分の友人しか見られないものの、友人のそのまた友人という形で線路は友人関係をたどって伸びていく。本サイトでジオラマ全体を確認すると、友人の友人とそのまた友人という「親近感がありつつ新鮮な」友人関係から構成されていることが分かる。いわば、ソーシャルグラフが鉄道路線という形で可視化されるのである。
現行のソーシャルゲームでは直接インバイトできる友人の数によって、優劣が決まってしまう。しかし、鉄道ゲームでは、友人の友人という広いくくりでの人間関係の大きさで、大きな路線が作れるか否かが決まる。あるいは小さい路線でもユーザーのアクティブ率が高い繁盛路線を持つことが有利になる仕様でもよい。すると路線同士の競争、つまりソーシャルグラフの構築競争、という新しいゲーム性がでてくる。そして、いくつかのソーシャルグラフを持つ人は、複数の路線を持つ乗換駅として重宝されるだろう。
ソーシャルゲームは既存のSNSの人間関係にぶらさがるだけでなく、逆にこうしてソーシャルグラフに新しい息吹を吹き込むこともできるだろう。そのためにも、URLやデバイスを超えて、仮想的なソーシャルグラフの上にゲームを展開するという新しい考え方が必要である。
【野島美保,Business Media 誠】
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